OUHS ATHLETICS COLUMNスポーツ局特集コラム

ハイパフォーマンス研究・サポート拠点の取り組み。第2回コーチングスキル講習会(石川昌紀教授)

12月7日(木)、大阪体育大学大会議室にて、「第2回コーチングスキル講習会」が開催されました。本学では来年度のスポーツ局開設とあわせて、運動クラブの指導者や関係スタッフ間の情報共有および啓発を目的とした「指導者協議会」の設置を計画。今年度は「コーチングスキル講習会」として、指導者に対する情報交換会、学内研修会を全3回予定しており、その2回目となります。

今回は本学でハイパフォオーマンス研究を精力的に行う石川昌紀教授が登壇し、「ハイパフォーマンス研究・サポート拠点の取り組み」と題した講演を展開。大体大DASH開始から行ってきた研究内容や、現在世界で進められている研究の最新情報など、興味深い内容が共有されました。

アスリートを中心に延べ600人が訪問
2020東京そしてパリへと続くハイパフォーマンス研究

世界陸上連盟からの依頼で2010年ごろに東アフリカの中長距離トップ選手の研究プロジェクトに関わり、その成果をアスリート指導の現場のコーチから高く評価してもらったことで、どうすれば効果的なトレーニングを展開できるかといった研究とサポートを本格的に行うようになりました。もちろんそれ以前も、フィンランドでさまざまなチームをサポートする活動はしていましたので、トップアスリートの育成に向けた研究には親しんでいましたが、2015年の「大体大ビジョン2024」に示された拠点づくりビジョンを具現化した大体大DASHのスタートで、さらに加速をつけて精力的に取り組んでいます。

この2年間で、狭いウチの研究室にはアスリートを中心に延べ600人が訪れ、そのうち、オリ・パラ・世界選手権の代表クラスや、全日本・インカレ・インターハイの入賞者の利用が6割以上。統括的なハイパフォーマンス研究・サポートの拠点として機能しています。

このプロジェクトでやろうとしているテーマは、次の6つの内容です。
①ハイパフォーマンス研究・教育のグローバルスタンダードの構築
②スポーツ科学を活かした高度専門職業人の養成
③トップアスリートの統括的なトレーニング・コンディショニング拠点の整備
④中・高・大連携によるアスリート育成システムの構築
⑤アスリートの職業能力開発の情報を提供する教育機関としての存在
⑥社会貢献機能(地域貢献、学産官連携等)の強化

具体的には、2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックに向けて、我々が保有している子供からトップアスリート、マスターズアスリートにいたる筋肉・骨格・神経のデータや走・跳・投・泳などの動きのデータを基にトップアスリートをサポートする事業からはじまり、引き続き2019年のドバイ世界陸上、そして東京2020で活躍できるアスリートに対し、競技特性に合った筋腱骨格のトレーニングに関する情報提供や、リアルタイムフィードバックを用いた動作トレーニングを通した強化活動を行っています。その後の2024年パリのオリ・パラまでを見据えて、国内・外の大学やJISSなどの研究機関と連携をとりながら推進することも課題として取り組んでいます。

研究・教育の成果を事業化・社会貢献へ
「国際化」「多様化」「専門的人材育成」の実践

このプロジェクトの一つのポイントとなっているのは、研究・サポートから得られたデータや培われた人材を事業化して資金を獲得したり、社会貢献に活用したりすることで、さらなる研究や教育を回す原動力となるサイクルの構築です。

それにはまず、アカデミックな学術研究のグローバル化を進めることが大事であり、自分からこの分野を勉強したいという人に対して大学としてどう取り込んで、どのように国際的に通用する高度な職業人へと育てるかということが課題になっています。つまりはスポーツのアカデミック研究における「国際化」「多様化」「専門的人材育成」です。

国際化では、特にヨーロッパ諸国やカタールを中心に協力して研究を進めているというのが今の段階です。多様化では、日本の他大学や企業、JISSのような団体ともコラボレーションを図り、自分の専門分野以外の人たちといかにうまく対応できる人材を育成するかをテーマにしながら実践しています。そして専門的人材育成では、目先の就職キャリアにとらわれない人生100年という長いスパンで社会に貢献できる自律的なキャリア形成に取り組んでいます。

事業化という切り口でいうと、2016年に大体大DASHに関連して行った活動として、JISSをはじめとした場での講習会、280件にもおよぶ個別測定・サポート、アスリートに帯同してのサポートなどを行いました。スタッフを補充するヒマもなく、忙しい毎日にスタッフは結構疲弊しているのではと心配しています(笑)。

企業の商品開発研究も年々増えており、現在6件程度を抱えています。このような事業を続けていけば、まずは人を雇えるくらいのお金にはなり、さらにはこのようにして集めた資金を新たな研究に活かしてアイデアやシステム、ソフトウェア、ハードウェアを開発、そしてまた事業化していく……というようなモデルに発展するものと期待して取り組んでいます。

社会推進連携事業では、特に今後本学への入学が期待できる高校生アスリートを対象としたサイエンスミーティングや、年間50件ほどの出前・体験授業をやっています。これらがきっかけとなり、本学やスポーツ科学の世界を目指すようになったという話も増え、多少なりとも社会に貢献できる形ができてきたと、私たちの良いモチベーションになっています。

今後の課題は、スタッフの補充と実施場所のスペース確保、対象アスリートの絞込だと考えています。

計測結果を素早く、わかりやすくフィードバック
ほかの選手よりも飛び抜けるためのヒントに

現在、メインでサポートを行っているのは陸上の短・長距離、投てき選手。ほかにも水泳、バレーボールなど、さまざまな競技種目のアスリートが研究室を利用してくれています。

ここで行っているのは、測定したパフォーマンスに関するデータをリアルタイムで選手やコーチにわかりやすくフィードバックして、それを基にどうすればほかの選手よりも飛び抜けることができるのかのヒントを提供することです。

2008年に行った「反応」に関する研究を例に、実際にどのような流れで行っているかを紹介しましょう。

短距離走の選手は、スタートの号砲を聞いてからそれを脳の中で処理して筋肉が動くまでに、約0.1秒かかるといわれていました。それがあるとき、0.08秒でスタートする選手が出てきたことで、世界陸連から「ヒトの反応の限界」に関する調査の依頼を受けました。その結果、選手に号砲から何秒で動いたかという情報を「今のは速かった」「今のは遅かった」という具合に返してあげるだけで、選手は学習し、その結果、反応が速くなることがわかりました。

ではどうやって速くなったのかと調べてみると、反応が良いときも悪いときも筋肉の活動パターンはまったく変わらず、号砲を聞き脳の中で筋肉に指令を出すまでのプロセスに変化が出てくることがわかりました。さらに研究を進めると、これには性差があるようで、女性の方が情報に対しての反応時間が短く、しかもトレーニングによりもっと短縮できるということがわかりました。これについての理由はまだはっきりしていませんが、現場の指導者からすると、女性アスリートは号砲を耳では聞かず、体で感じて反応しているという印象があるようです。スタート音の刺激に対して反応する末梢のセンサーと脳内の処理で男性よりも最適に処理する能力を身につけられる可能性が高いと考え、さらに研究しています。

陸上競技以外の事例
フィードバックで成果を上げる

陸上競技以外の事例も紹介しましょう。本学には以前サッカーのキーパーが大勢いて、その中でもPKがあまり得意ではない選手がいました。それをトレーニングにより改善するにはどうすれば良いのかという疑問に学生達が科学的なアプローチでチャレンジしてくれた研究です。

PKでは、蹴る位置からキーパーまで約11mあるので、時速約75kmで蹴ると0.5秒くらいかかることになります。するとキーパーに与えられた反応時間は0.3〜0.4秒。ただし、そこからキーパーが左右に2mほど動くのに時間がかかるので、少なくとも0.6秒くらい前には右か左か、まっすぐかの判断をしないと間に合いません。となると、キッカーのキックインパクトの0.2秒前に相手のキック動作を読んで、その情報からボールの方向を予測する必要があります。

そこで学部生がゼミ論で考えてくれたのが、キッカーが蹴るタイミングの映像をたくさん撮り、それを何千通りも見せて当てさせるクイズのようなトレーニング「ビジュアルフィードバックトレーニング」です。これを繰り返すうちに、どちら側にボールが来るかを当てる「正答数」に改善が見られました。一方「反応時間」は、約0.1秒速くなりました。このように繰り返し、繰り返しフィードバックしながらタイミングを教えていくと、キーパーの予測のタイミング、その正確性や反応時間などをトレーニングで変えることができるのです。予測もトレーニングできる!ということで、タブレットやパソコンの画面、今はVRなども使いながら研究と実践の同時進行で続けています。

一流選手とのデータ比較から 自分の課題を浮かび上がらせる

他の例もお見せしましょう。今サポートしている陸上選手にやっているのですが、ボルト選手やゲイ選手など一流選手の動きを視覚化して、どのような部分が良くて、どのような部分が悪いのかを教えます。そして自分とは何が違うのかを、プロモーションビデオや連続写真などを見せながら比較してフィードバックする。例えば加速局面では、トップスピードになったときに何が大事なのか映像からイメージさせ、ストライドが一流選手とはどれくらい違い、自分は今どれくらいなのか情報をフィードバックして伝えます。その次に、ではどうやってストライドを大きくするのか、逆にピッチで稼ぐにはどのように走らなければいけないのかということを、データで出して説明してあげる。どちらを選ぶかはコーチと考えてもらいますが、その提案をするのが私たちの仕事です。このとき、結果を課題として与える指導にならないようにするのがコツです。

走る競技以外にも、例えばやり投げの選手などもたくさんトレーニングをしに来ています。彼らにはパワーを増やすために筋肉をどう大きくすれば良いとか、3、4日休んでどうしてパワーが上がるのか、どういうトレーニングをしたらもっと良い結果が出せるのかなどを、システマティックに体系づけて学生に提示しフィードバックしてあげています。するとやる気のある選手はドンドン身につけ実践してくれます。

遺伝よりも環境が影響する トレーニングと休息の関係

さらにもう一つの事例です。一般的に「パフォーマンスを上げるためには休息を取りなさい」といわれていますが、果たしてどれくらい休んだら良いのかわからないという人も多いと思います。私たちの心肺機能は、例えば20日間寝たきりでもほとんど落ちません。しかしながら、長距離走のアスリートは、1日2日休むと大幅にパフォーマンスが落ちた気分になります。実際には心肺機能はほとんど落ちておらず、筋内のグリコーゲンの変化や神経・筋機能などの感覚的な変化による影響で、それは運動を少しすればすぐに戻るのです。

一方で、ずっと休んだ場合に一番困るのは、関節が柔らかくなることです。これはなかなか戻らない。ですから、手術した後のリハビリで選手がよく来ますが、リハビリ前に来なさいと必ず言います。リハビリ2週間前くらいには必ず来て、関節が衰えないようにすることで競技復帰のタイミングが劇的に変わります。

筋肉については、遅筋と速筋の休息に関するデータを紹介しましょう。以前は「黒人選手は遅筋より速筋が多いから短距離は有利」ということが常識でした。実際にバイオプシーで腿の筋肉を調べたら、確かに黒人選手は速筋が多い。でもさらに調べてみると、ケニアの長距離ランナーとジャマイカのスプリンターの遺伝子に違いはありませんでした。つまり遺伝よりも環境的な要因で身体つきを変えることができ、どう鍛えるのかのノウハウを持っているかがポイントになるということです。

教科書にも載っているように、筋肉というのは「サイズの原理」で動いています。小さい力を発揮する遅筋から大きな力を発揮できる速筋が順に動員されるという理論です。実際に脊髄から筋肉に針を刺して神経・筋活動を調べてみると、大きな力を出そうと思ったときには、速筋だけでなく遅筋も同時に発火し、活動していることがわかりました。つまり速筋だけを選択的に鍛えることは不可能で、トレーニングで遅筋も含めた筋全体を爆発的に活動させることが重要だということです。普通にトレーニングしてしまうと遅筋の方がより負荷がかかり、トレーニングの効果が大きくなってしまいます。ポイントになるのは遅筋と速筋における回復のタイミングが異なる点を利用すること。速筋の回復には遅筋より時間を要します。ということは、真面目にコツコツ毎日トレーニングをしたがる選手ほど速筋が回復せず、早く回復する遅筋だけを繰り返し鍛えることになる。これは短距離には向かず、実は適当にサボってくれる選手の方が速筋を上手く使え、速筋の割合を増やすことができるということになります。ジャマイカの選手は「2日休もう」と言ったら1週間くらい休んでくれます(笑)。日本人の選手は2日休もうと言っても次の日には中途半端に自主練習しています。でも速筋の割合を増やそうと思ったら、できるだけ高強度でグリコーゲンを枯渇させ、その後3~5日ほど完全に休んでほしい。すると遅筋はすぐ回復しますが、速筋はなかなか回復してくれません。そのまま休んでいると、筋肉が遅筋の弱い小さい筋から順に萎縮していってくれます。これをペースにトレーニングを繰り返していくことで、遅筋の割合を減らしていくことができるのです。

この後、参加者からは、講習の中で語られた筋肉の反応スピードに関する性差の理由や、アーチェリーのような速さより正確さを求められる競技のフィードバック&トレーニング方法などについての質問が寄せられ、石川教授の研究知見に基づく情報が提供されました。今回の講習会により、研究・教育と事業化・社会貢献の往還に関するモデル作成の重要さ、最先端の科学的知見を活かした指導方法の重要性や、今後の展望などがさらに深堀りされたことで、ハイパフォーマンス研究への興味の高まりが一層加速することが期待されます。

石川昌紀教授のプロフィールはこちら

 

スポーツ局OUHS ATHLETICS

▲